NOV.15.2010
2010年F1ハイライト Rd.19 アブダビGP雑感
2010年F1最終戦アブダビGPはレッドブルのセバスチャン・ベッテルが勝利し大逆転でワールドチャンピオンを決めた。リードを許していたチームメイトのみならず15ポイントのビハインドを負っていたフェルナンド・アロンソをも抜き去って初の栄誉に浴したのである。23歳と134日、史上最年少チャンピオンの誕生となった。
アブダビ前の段階で、ランキングトップにいたアロンソのチャンピオン条件はマーク・ウェバー優勝に対して2位、ベッテル優勝に対しては4位以内。ウェバーが予選でタイムを詰め切れず5番グリッドに沈み、自身が3番手を確保していたことを思えばそれほど難度の高いミッションが要求されていたわけではない。ウェバーの優勝の目がほとんどなくなった時点で、4位さえ死守するだけで事は足りたのである。しかしランキング2位ランナーの幻影におびえすぎた結果、判断を誤ってみすみす王座を失った。
伏線はスタート直後のミハエル・シューマッハのスピンによって引き起こされたクラッシュにあった。すぐさまセーフティカーが導入され、同時に7~8位を走っていたニコ・ロズベルグとヴィタリー・ペトロフがタイヤ交換義務を果たすために早々にピットインする。両者はタイヤが終わってしまわない限りこれでフィニッシュまで走りきることが分かっていた。
12周目、予選でオプションタイヤを酷使していたウェバーがリアのグリップ不足を訴えてピットインし、プライムタイヤにチェンジ。16番手に下がって優勝争いから完全に脱落する。プライムタイヤはペースこそ作りやすかったものの、状況を考えればコース上で抜いていかなければならないクルマが多すぎた。そしてフェラーリはこれに反応して4周後にアロンソをピットインさせる。この判断がすべてを終わらせてしまった。
フェラーリはウェバーを無視すればよかった。最悪でも相手をさせるならフェリペ・マッサだけにすべきだった。断じて結果論ではない。状況を把握していれば、ロズベルグとペトロフに対してピットストップで前に出ておかなければコース上でオーバーテイクが必要になることは明白だったはずだ。プライムタイヤに履き替えたウェバーのペースを脅威に感じたのだとしても、ピットワークでメルセデスとルノーの前に出ればそれはウェバーの上位にいることを意味したのである。先にピットインしたウェバーのペースにかかわらず、ロズベルグを上回るペースで走ってさえいればいいことなど、簡単に理解できた。テレビの前にいたわたしですら、ウェバーが入った瞬間「これでロズベルグに22秒つけて入れば安泰」と考えていたくらいである。ツイッターでもやっていれば、「入るなよ」と呟いていたことだろう。実際オプションタイヤを大事に使えば、アロンソはプライムタイヤのロズベルグに対し優位を築けるスピードを持っていた。
だがアロンソはピットロードに向かった。フェラーリがピットインしたとき、ロズベルグの後ろを走るペトロフとの差でさえまだ18秒程度だった。当然後方に回り、抜きにくいコース上でのチャレンジを余儀なくされることになる。大事なのはウェバーに勝つことではなく、4位という絶対的な順位だけだったのに、ウェバーの前にいることだけに拘泥して、本当に必要なものを失ってしまったのだ。痛恨の7位6ポイント。フェラーリは目的を見誤っていた。いや、ウェバーの早いピットインが見誤らせた。レース前はベッテルがウェバーをサポートするかどうかに注目が集まっていたが、結果としてウェバーこそが10歳以上若いチームメイトに対して最高のサポートをしたわけだった。アロンソがペトロフに苦戦する間にベッテルは完璧なペースで逃げ切りを図って、クリスチャン・ホーナーの貧乏揺すりの幅はチャンピオンが近づくにつれて大きくなっていった。きっと、レッドブルのピット周辺だけは震度3くらいの揺れを観測していたに違いない。
もったいなかったのは小林可夢偉だ。オープニングの混乱と上位のピットインに乗じて8位まで順位を上げたが、SC明け15周にわたってルーベンス・バリチェロに前を抑えられて自分のスピードで走れなかった。バリチェロのピットイン後はしばらくペースを上げたが、すでにオプションタイヤは終わっていてプライムタイヤに対する速さの優位は失われていた。バリチェロが後方で早めにプライムに交換していたチームメイトのニック・ハイドフェルドに逆転を許した時点ですでにオプションタイヤの劣勢は明らかであり、事実小林はその後の15周をほぼ単独で走りながら、しかし築いていたリードをじわじわと減らしていく。この間に失ったタイムは10秒弱といったところか。タイヤのマネージメントに長ける小林でもペースを作るのは難しかったようで、プライムタイヤに履き替えたときにはバリチェロから大きく後れを取ることになった。おそらくチャンスがあったとすればバリチェロが入った1周か2周後にピットインすることで、それならハイドフェルドとバリチェロの間に入れた可能性があるが、そこはチームが小林がペースを上げてくれることを期待しすぎたのかもしれない。理想はロズベルグらと同様、SCが入った1周目に替えて走りきってしまう作戦で、これはおそらく7位、悪くて8位でフィニッシュできた(ペトロフとアロンソの間を走ることになるので国際映像にもたっぷり映ったはずだ)。プライムを使いこなせる小林だけに入れてくる可能性は高いと思っていたが、ザウバーチームはこのあたりの決断が鋭いほうではない。小林にしては珍しく戦略でポイントを取り損ねたレースだったといえるだろう。ただ、もはやこんなことで評価を下げるドライバーでもなくなった。
アロンソはコースに戻った後じつに40周にわたってペトロフを攻め続けたものの、実ることはなかった。12チーム1と目されるFダクトとニューエンジンを積んだルノー相手に事をなすのが難しかったのは事実だが、ペトロフの落ち着きも見逃すことはできない。大規模なスポンサー支援を受けながら、チームに持ち込んだ資金よりも彼のせいでメルセデスに負けて失った分配金のほうが多いとまで揶揄され、多くのドライバーから来季のシートを狙われているペトロフではあるが、今週末はようやくGP2のトップランナーだった才能を証明して見せた。遅きに失した感はあるものの予選でロバート・クビサをアウトクオリファイし、決勝でもチャンピオンを懸けて掛け値なしの本気アタックを仕掛けてくるフェラーリをレース3/4近く封じきったことは誇っていいし、本人にとっても自信になったに違いない。手を替え品を替えオーバーテイクを試みるアロンソの攻撃を、ポイントとなる部分を押さえることで一度も破綻することなく正当に守ってみせ、終盤にはアロンソの集中力のほうが途切れた。来季ルノーのシートは流動的だが、失った評判を最後の最後に少しは取り戻したし、あれだけの資金力を持っていればどこかのチームに滑りこめる可能性は高い。学習能力や適応力に疑問を持たれているペトロフだが、であるからこそ2年目はもうすこし「マシ」になるなんてことも、なくはないだろう。
正直なところ、わたしはスパ・フランコルシャンでのジェンソン・バトンに対するあまりにお粗末な追突を見て、今年ベッテルがチャンピオンを取ることはないと考えていた。秋口までの彼は明らかにタイトルコンデンダーであることにストレスを抱え、シーズンを通して戦うには不可欠である「全体の状況を俯瞰する能力」を欠いていた。シーズン序盤は圧倒していた予選でチームメイトと拮抗するようにもなり、随所に苛立ちも見せていた。はっきり言ってしまえばその精神は「お子様」であり、ルイス・ハミルトンのデビューイヤーよりも幼いと感じたものである。
だが、モンツァで苦境に立たされ、タイトル争いから一度は脱落したことで再び走ることに集中したのだろう。鈴鹿からヤス・マリーナにいたるまで彼は完全にすべてのグランプリを掌握した。ポールポジション3回、優勝3回。たしかにトップ快走の韓国をエンジンブローによって失ったときは絶望が迫ったかもしれない。しかし同時に、あのレースでわたしはベッテルを見直した。自らの背中に積まれたルノーRS27 V8エンジンが火を噴いた直後、彼はストレート脇にクルマを止めてコースマーシャルのだれよりも早く消火活動をおこなった。呆然と立ち尽くして燃えるクルマを眺めていてもだれも非難しないだろう場面で、真っ先に消火器を手に取った。おなじレースの前半、ミスで濡れた人工芝に片輪を落とし、ひとり勝手にコントロールを失ってウォールにヒットした挙げ句、ブレーキも掛けずにコースを横断してロズベルグを道連れにしたウェバーに比べれば、それが他のドライバーを巻きこもうとした許し難い故意であろうと茫然自失となった上での過失であろうと、ベッテルの行動は立派なものだった。別人かと思うほどのあの姿を見て、チャンピオンはアロンソが取るかもしれないが、ベッテルはウェバーの上をいくだろうと予感した。両者の振る舞いの差がレースに対する精神の差に見えたからだ。はたして予感は半分当たり、ベッテルにとって最高の形で半分外れた。アブダビのレース後放送に流れた彼の涙声とポディウムでの濡れた瞳は少々意外だったが、今年だれよりも速かったドライバーの苦悩の証でもあっただろう。もっとも速い男がチャンピオン。わかりやすい話なのに、それをめぐる争いはちっともわかりやすくなかった。ベッテルはようやく今年はじめてドライバーズランキングのトップに立った。いるべき場所だった。そしてシーズンは終わったのだ。
ドイツ国歌が、はじめてミハエル・シューマッハ以外のドライバーを祝福した。